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死ぬ前に抗う

私と銭湯とハゲと

都内の銭湯に行ってきた。

 

 

最寄り駅は◯◯線の××駅。

△△商店街を進んでいく。スーパーを通過して左折するとコインランドリーが見える。暫く歩けば銭湯に着くのだ。

 

 

この銭湯には行ってみたかった。というのも、こちらの銭湯は元祖スーパー銭湯と呼ばれている。それくらいの敷地と、それぐらい設備が豊富なのだ。

 

私が特に気になっていたのが冷凍サウナだ。それが楽しみだった。この銭湯ブームの中、水風呂が流行っているのに冷凍サウナって何だろうか。水風呂よりも心地良い気分に浸れるのではないか。そんな期待は否が応でも上昇するのだ。

 

 

 

 

 

そして、いざ入館。

 

 

 

 

 

そこらの銭湯と違う、っていうのはエントランスの靴ロッカーの数で一目瞭然だ。100足以上の靴ロッカーはあったと思う。デカい、デカすぎる。エントランスの広さも余裕があり、スタッフのおばちゃんも挨拶も威勢が良い。さすが老舗だ。 

 

 

 

券売機で買ったチケットを受付に渡す。男性の入浴場に向かおうとしたが、どこなのかわからない。おばちゃんに尋ねると、案内してくれることに。

 

 

男性の入浴場まで案内してもらった。暖簾をくぐると休憩場、その先には脱衣所がある。脱衣所と休憩場の間にも暖簾が架かっている。おばちゃんはなんと2つ目の暖簾をくぐってまでガイドをしてくれるではないか。なんと堂々とした対応なのだ。

 

 

ロッカーで着替えをしている男性陣はおばちゃんの出現に狼狽えるが、おばちゃんの堂々とした態度に圧巻だ。丁寧に「ロッカーは100円が返ってくるよ」って教えてくれた。それよりも暖簾をくぐった本当の理由を教えてほしかった。おばあちゃんは100円以上に儲けたものを見れたのか知りたかった。

 

 

そして脱衣所へ入る。こちらもまた、ロッカーの数が多い。たしかにスーパー銭湯のような大きさだと思う。しかし、年寄りばっかりだな。私が最年少ではないか。

 

 

ロッカーは2段式の下を利用した。ロッカー2段式なので荷物を入れる前にロッカーの上で脱いだ衣類と着替えをまとめる。

 

 

すると、ハゲオヤジが後から来た。私の隣のロッカーを利用するではないか。別に私は銭湯の主ではない。主ではないが、こんなに大量のロッカーがあるのに何故、私の隣に来るのか。その理由は明確なのか。

 

 

私は不審に思う。不審に思うがお互い裸になれば無防備なのは変わりない。ハゲオヤジだしあまり気にしなかった。このハゲオヤジも私のことを関心していなかったし、もしかしたら私のことを見えていなかったのかもしれない。

 

 

私はハゲオヤジに一瞥をくれて浴室へ向かう。

 

 

そして浴室へ入る。扉を開けると大きなテレビモニターが正面の壁上部に設置されている。そして、少し視線を下ろすとほぼカランが埋まった状態である。

 

 

「ハゲ頭ばっかりだ……」

 

 

一斉にハゲの視線が私に集中した。新参者扱いされているのか。舐められている、というのは肌でビンビン感じる。なぜそんな態度をされているのかは理由も明確だ。

 

 

私だけ髪の毛が生えているからだ。そりゃもう見た目で白黒がハッキリしている。視線は感じるけど大丈夫、お互い裸同士だけど、防具は僅かに私の方が多い。兜を被っているか否かは大違いだ。このハゲ共。私は強気だ。

  

 

先ずは扉を開けた目の前にあるかけ湯で全身を清める。直ぐに内湯に入りたいのだ。かけ湯をしながら内湯の様子を窺う。

 

 

4ヶ所の内湯がある。その中で空いている風呂を探す。なるほど、ほぼハゲで埋まってやがる。なので、ハゲはしょうがないとして僅かに空いていた風呂に入った。私が最初に入った風呂が電気風呂だった。

 

 

私は電気風呂が苦手なのだ。あのビリビリする感じと、筋肉が収縮する痛みが苦手なのだ。しかし、ここの電気風呂は違う。リズミカルに電気を放電しているのだ。

 

 

「1、2、3、1、2、3、1、2、3、」

 

 

このリズムで3の部分だけ放電はしないのだ。この一定のリズムだったら、そこまで嫌な感じはしなかった。なんとか身体を温めるくらいは浸かれた。

 

 

そして電気風呂からあがる。

ほぼ満席の状態のカランで、ちょうど角のカランが空いていたのでやや足早にそれに向かって座ることが出来た。ラッキーだった。隣はちゃんとハゲだった。

 

 

備え付けのシャンプーとボディーソープで身体を洗いながらテレビモニターを見る。

私が座ったカランはテレビモニターの真横にある。テレビを見るためには自身が使う蛇口を正面にすると東へ向かなければならない。そして、やや見上げるのだ。

 

 

私の隣にはハゲがいる。私はテレビを見たいので東(ハゲ)を向く。ハゲは「何だ?」という表情で西(ハゲじゃない私)を向く。私とハゲが目を合わせる。それでも私は相撲が見たいのでハゲ方向に身体を向けた状態でテレビを見る。しかし、ハゲは怪訝そうな態度をしたので直ぐにやめた。ハゲの怒りが沸かないように。東から西へ太陽は昇って沈むように。

 

 

身体を洗い終え、再び入浴する。次は黒湯だ。私はこの黒湯が大好きなのだ。黒湯はぬるぬるしたような水質が気持ちよくてお気に入りだ。刺激もほとんどないし、いつまでも浸かっていられるくらい。この黒湯で身体を芯まで温める。そして、次は水風呂へ向かうのだ。

 

 

しかし、この水風呂へ向かうタイミングが重要だ。ここの銭湯の利用客は水風呂の快適さを熟知している手練が多くいるようだ。

 

 

常に水風呂に浸かっている人がいる程に水風呂は人気なのだ。水風呂の定員人数は2人が限界だと思う。私は上手いことタイミングを合わせて、水風呂から人があがるのを見計らって湯船から立ち上がったのだ。

 

 

そしたら驚いた。私の他に2人も同時に立ち上がった。

 

 

これは皆、目的が一緒なんだと瞬時に理解した。水風呂へ向かう仲間であり、敵なのだ。

 

 

しかし、私は既に黒湯で10分以上浸かっているので身体は芯まで温まっている。この温まりの貯金を崩すことはしたくない。私は他のハゲ2人よりも水風呂から5m程遠い場所にいる。これは、2人にとって有利に傾くことになってしまう。

 

 

でも、最初に述べたことを思い出してほしい。ここの銭湯にいる利用客は私以外はハゲなのだ。つまり、ご年配の方なのだ。他の2人というのはハゲ2人のことだ。そこはもう年功序列とか言ってられない。弱肉強食の実力世界だ。私は若者というアドバンテージをフルに活用して水風呂へと歩みを強めた。

 

 

しかし、年齢というのは残酷だ。私が歩みを強めなくても、そもそもハゲ2人は湯船に浸かりすぎて逆上せ気味だったのだ。私が水風呂に辿り着いた時にハゲ2人は風呂の淵に腰掛けてテレビを見ていたではないか。これが大人の余裕なのか。それとも戦いから退いたのか。戦わずにして諦めるのか。それとも子供相手に本気を出せないとでもいうのか。

 

 

ハゲの野郎。

 

 

でも私は歩みを止めない。ハゲに構っている暇はない。

 

 

そして私は水風呂に足を入れる。

足が冷たい。この冷たいという感覚が苦痛になる前にしゃがんで全身を水風呂に浸けるのだ。冷たい感覚は一時的に全身に巡る。しかし、ほんの一瞬のことだ。この一瞬だけ乗り越えれば後は至福の時間を待つだけだ。

 

 

30秒あれば至福の時間はやってくる。そうすると麻薬を打ったかのように全身がとろけるのだ。麻薬を打ったことはないけど、そういうことだと思う。この行為が癖になってしまい、水風呂にはまってしまうのだ。身体が慣れると水風呂は快適になる。これが水風呂の醍醐味だ。

 

 

すると、水風呂の隣にあるサウナからハゲが出てきた。そのハゲが水風呂に向かってくるではないか。水風呂に備え付けてある専用の桶を手に持ち、私が浸かっている浴槽の水を掬い全身に水をかける。それも激しく水飛沫をあげて。

 

 

ハゲはサウナで温まった身体を水風呂から桶で水を掬い、狂ったように頭から全身にかけて汗を流す。何かを塗りたくるように片手の平は顔全体に刷り込ませる。その動きのスピードが目まぐるしくて、ハゲがスピードを手に入れると面白いなって笑った。

 

 

ハゲ×スピード=笑う

 

 

このハゲは身体を清めた後に、水風呂に入ってきた。それも勢い良く。水が溢れて淵からたくさんこぼれる。頭まで潜って全身を一気に冷やす。毛は無いから潜った時にやや頭部が水面から出ている時は笑える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んああああああきもちいいいいいいいいいいいいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハゲが気持ち良いってこのハゲ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄ちゃんきもちいいな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか、声を掛けられるとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですね、しかし勢いがありますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり水風呂は勢いよく入らないとなー、そう思うだろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たしかに水風呂に入るには躊躇しないことが大事ですからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハゲ、知ってやがる。さすがこの銭湯は熟練者が集まっている。そんなやりとりをした後にハゲは勢い良く水風呂からあがる。

再び、サウナの扉を開けて熱風を浴びに行ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「休憩なしかよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハゲで元気でハゲンキな人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私も水風呂からあがって淵に腰掛け、しばらく休憩をした。それからゆっくりと歩いてジャグジー風呂に浸かった。

 

そして本日のメインである、冷凍サウナに挑む。

その為に身体を芯まで温めるのだ。

 

 

冷凍サウナとはマイナス10℃まで下がった部屋で極限まで身体を冷やすのだ。そしてこの冷凍サウナは定員が1名なのだ。部屋の中は座る場所は無い。立ったまま身体を冷やすのだ。私はこの冷凍サウナが楽しみでならなかった。

 

 

ジャグジー風呂で充分に身体を温める。温めながらも、冷凍サウナを利用している人がいないことを確認する。私は身体の芯まで温まったと認識したと同時に立ち上がる。冷凍サウナへ向かうのだ。

 

 

銭湯の床は滑りやすいのは周知の事実だ。しかし、最高の状態で冷凍サウナに向かいたい気持ちが歩みを強めるのだ。やや足早になっているところをハゲは見てくる。「何を焦っているのか」そんなことを言いたげだ。そんなことをハゲにわかってたまるか。この気持ちをハゲにわかってたまるか。

 

 

この銭湯はハゲしかいない。ハゲはハゲることでポテンシャルを高めるが、それは運動能力では見出せない。ハゲは見た目でしか表現を出せないのだ。存在が既に最大限のポテンシャルなのだ。つまり出オチなのだ。そんな出オチには負けてられないし、相手にもしない。私は冷凍サウナの前に着いた。

 

 

そして冷凍サウナへ入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこまで冷えていない。そう、思った程の冷え方をしないのだ。

 

これなら水風呂のほうが効果的だぞ。どうしてなのか不思議だ。

冷気は感じるのだが、それは外側の皮膚がひんやりするだけなのだ。つまり、身体の内側までは冷やすことが出来ない。出来るとしてもそれは長時間に渡って冷凍サウナに入っていればいつかはなると思う。

 

 

でも、私が求めているのは即効性だ。それなら水風呂に入ることで私の気持ちは充分に満たされている。冷凍サウナの部屋内で腕を組んで首を傾げた。拍子抜けされた途端に落胆した。せっかく期待していたのに裏切られた気分だ。言うまでもなく早々に冷凍サウナから出た。

 

 

そして再び内湯に入って考える。

どうしても気持ち良くなってリフレッシュしたい。冷凍サウナの能力を引き出したい。

充分に身体が温まった。ここで、水風呂へ移動して冷凍サウナについて考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

何か良い方法はないか、冷凍サウナを活かした気持ちの良い方法はないのか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

水風呂の後に冷凍サウナに入れば極限まで身体を冷やせるんじゃないのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは大発見だ。

 

 

この流れがベストルーティンだと確信した。それ以外に選択肢はない。

内湯→水風呂→冷凍サウナの行程が最高のレシピだ。

 

 

水風呂に浸かっているのに心が躍った。これで最高に気持ちの良い冷凍サウナを体感することができるぞ。ドキドキしながらワクワクした。少年時代にオリジナルの必殺技を編み出した時の感覚に似ている。

 

 

水風呂に入っているのに身体が火照ってきた。しかし、身体を充分に冷やすまでは水風呂に浸かるんだ。頭寒足熱の真逆を実行している。頭は興奮状態で身体は徐々に冷えていく。

 

そして、充分に身体を冷やしたところで勢い良く水風呂からあがり冷凍サウナへ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ついに、最高の瞬間に出会える……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが俺の理想だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして冷凍サウナの前に辿り着き、扉を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すると、目の前にはハゲの後頭部。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このハゲええええええええええええええええええ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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最高の行程は一瞬にしてハゲによって崩された。

ハゲは最後の最後まで私の元でハゲだった。水風呂で冷やした身体は徐々に体温を戻していく。

 

 

気持ちを昂らせていたのに、後頭部を見たその時点で気持ちが沈んだ。

冷凍サウナの為に身体を目一杯冷やして、練りに練った私の最高レシピを無駄にされてしまった。

 

 

今日はこれ以上、私の気持ちは高まることは無い。

 

 

 

 

 

 

出よう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怒鳴られるなら、ハゲにはなりたくない。